
「質問に質問で返すな」
このように言われたことのある人、あるいはそういう言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。
先のようなことを言う人は、どのような思いから言っているのでしょう。
おそらく「質問していることに答えもせずに、質問をし返すのは失礼である」という考えがあるのではないか。
しかし、私は質問に対して質問することは決して失礼ではない、むしろ誠実な態度である、と考えます。
前提を確認せずに進むふわふわ議論
会議、あるいはインフォーマルな場で話をしていても、「なんかふわふわしているな」と感じたことはありませんか。
お互いに主張を一生懸命話しているが、何かズレている。なんだか噛み合わず、議論自体が、地に足ついていない感覚。そして終わってもスッキリしない。
そんな議論をここでは、ふわふわ議論と呼ぶことにしましょう。
ではなぜ、ふわふわ議論は生まれてしまうのか。
私の経験からですが、一つの要因は「前提が確認されていないこと」にあります。
たとえば、こんな状況を想像してみましょう。
一人が「島って好き?」と話しかけた。もう一人は「縞」だと捉えて「まぁまぁかな」と答えた。一人は一生懸命「島」の魅力を語るのだが、もう一人はなんだかピンとこない。なぜなら「縞」として聞いているから。
そんなアホな、と思うかもしれませんが、実は日常の議論でこのような状況は決して珍しくありません。
どちらかが一言「シマって地形のこと?模様のこと?」と確認すれば、不毛な時間は過ごさずに済むのに、「質問に質問で返してはいけない」と刷り込まれた人は、「とりあえず何か答えなきゃ」と思って「適当に」答えるのです。
これがふわふわ議論を生んでしまう。
つまり、「質問に質問で返すな」という教えは、地に足つかない議論を生んでしまう危険があるのです。
「問い返す」こと
ふわふわ議論は、「質問に質問で返すな」という教えが生んでいるのではないか、と指摘しました。
では、これを回避するにはどうしたらよいのか。
それはもちろん、質問に質問で返すこと、つまり「問い返す」ことです。
とはいえ、なんでもかんでも問いで返せばよいわけではありません。曖昧な部分があったら「問い返す」というのが基本です。
よい「問い返し」には以下の2つがあるのではないか、というのが現在の私の考えです。
①言葉の意味を確認する「問い返し」
②事実や意見を確認する「問い返し」
①言葉の意味を確認する「問い返し」
これはさきほどの例が当てはまります。
「シマ」という言葉の意味がどちらなのか曖昧だったなら、たとえ質問されていても「シマって地形のこと?模様のこと?」と問い返すべきです。
この「◯◯って何?」という問い返しによって言葉の意味という前提が確認されるので、その後の議論がスムーズになります。
逆に言えば、問い返しをせずに、つまり前提を互いに確認せずに議論をする、というは不毛であり、それを見過ごす態度は議論に対して不誠実であるとさえ思います。
②事実や意見を確認する「問い返し」
私はこちらがとても重要である考えています。
①と同じく、問い返すことで前提を確認して共有する、という面では同じですが、確認する範囲が広がっています。
話相手が、何か一通りの話をした。それが事実を述べている場合もあれば、本人の意見を述べていることもあるでしょう。
そこに、少し曖昧な部分があるのなら、意識して「それは、〜〜〜ってこと?」と問い返すことをおすすめします。
「〜〜〜」の部分には、相手の話を要約した部分が入ります。
この要約の質問は、なんてことないようですが、とても大事です。
議論に慣れている人ほど、それに対して「同意か反論をしなければ」と思い、すぐに「それはいいね」とか、「自分はそうは思わない」と意見表明をしてしまいがちです。
そこを一歩立ち止まり、相手の話を要約して問い返すと、自分の理解も深まりますし、相手に「この理解でよいか」という確認をとれるので、非常に有意義な話し合いにつながります。
もしかしたら、「今そう言っただろ」なんて怒る方もいるのかもしれません。
しかし、お互いに事実や意見の捉え違いをしたまま話をするなんて、とても危険です。それを未然に防ぐというのは、知的に誠実な態度なのではないでしょうか。
「問い返す」ことは誠実だ
以上のような「問い返し」をすることでふわふわ議論を防ぐことができるのではないかと考えます。
「質問に質問で返すこと」よりも、「質問をせずに曖昧・適当に議論すること」の方が相手に失礼であり、議論に対し不誠実である、と私は考えます。
最後に誠実、という言葉を使ってきましたが、ここでいう誠実とは、知的誠実さのことです。
「問い返す」ことが知的誠実さにつながることを意識しながら、「問い返し」がもっと多く議論の中でされていけば、ふわふわ議論が減っていくのではないか。そうなることを願っています!

